課題/メンバー/計画
研究課題
近年、社会がさまざまな局面で分断され、「こちら側」と「あちら側」が対峙しあったり、相互の接触自体が忌避されるような事態が、世界においても日本においてもますます顕著になっています。この分断状況を生み出す構造について、社会学の理論や経験的な調査を通して考察し、未来への知見を呈示することが本研究のテーマです。
古典の知と最先端の理論研究はシームレスなはずですが、研究対象や領域の多様化もあって社会学のディシプリンが見えにくくなっています。私たちの研究グループでは、古典の知と最先端の知を架橋し、事例研究に即しながら研究を深め、ひとつの視座へと練り上げてゆきます。
具体的には、①「こちら側」と「あちら側」の双方における「われわれ」のあり方を追究する鍵としてデュルケームの〈集合意識〉概念に注目し、②その理論的ポテンシャルを、国際的に進展が著しい〈感情の社会学〉の成果に接続しつつ、③過去・現在・未来という軸で整序した様々な事例について調査と理論的な考察を行うことにより、④<情動の社会学>という新しい観点から、古典から現在にいたる社会学の学説理論を再考・再編することをめざしています。
成果は学会発表・論文・報告論集等による発信や『情動の論点』[仮題]としての刊行を構想中です。
現代社会の分断的状況とその解消や和解に向けて実践されているさまざまな営みは、いかにして社会学的に把握・分析できるのでしょうか。この大きな問いを、古典的・現代的な理論の知(=デュルケーム集合意識論から感情の社会学への鉱脈をたどる)に基づき、人間存在に正負のエネルギーを与える情動的次元の社会性に着眼するという独創的な方法によって解明します。
メンバー
名前 | 所属 | 主な担当と研究テーマ | |
---|---|---|---|
研究代表者 | 小川 伸彦 | 奈良女子大学人文科学系 教授 | 研究統括・過去表象がつくる今と未来 |
研究分担者 | 白鳥 義彦 | 神戸大学人文学研究科 教授 | 副統括・国際シンポ・集合意識論 |
山田 陽子 | 大阪大学人間科学研究科 准教授 | 感情の社会学の先端的研究、感情・情動の観点からの社会学史の再読 | |
横山 寿世理 | 淑徳大学地域創生学部 准教授 | 継承される過去と記憶 | |
梅村 麦生 | 神戸大学人文学研究科 講師 | 未来表象と情動 | |
研究協力者 | 川本 彩花 | 大阪経済大学非常勤講師 | 音楽・情動・未来 |
研究計画
総論
- 理論的総論1 集合意識概念の今日的ポテンシャル
デュルケームによる集合意識概念の、原典テキストに基づいた再構成をまず行い、それを踏まえて、集合的記憶やマンタリテとの関連も視野に入れたこの概念の今日的な意義を明らかにしていきます。 - 理論的総論2 情動と感情~デュルケーム社会学と感情の社会学の接点
アノミー論、集合沸騰論などに見られるデュルケーム社会学の情動・感情への着眼から、現在の感情の社会学に至る学説史上の影響関係を明確にしていきます。 - 理論的総論3 情動と時間~変動プロセスの原論的把握
集合意識を反映し同時に集合意識を形成するものとしての、情動のあり方とその変化のプロセスや時間性との関係に関する理論的な把握を行います。これは、以下の各論の時間軸に沿った枠組みへの橋渡しをなすものです。
各論
研究テーマを、A過去・B現代・C未来に整序し、下記のとおり進めていきます。
=ジャンルA 過去と情動=
- A①:召喚される過去
近現代人がアイデンティティの拠り所を過去に求める心情を論題とします。文化遺産や大衆文化の場において、どのような時期にどのような過去の再構築がいかに渇望され人々の情動を掻き立てたのでしょうか。歴史ドラマや映画、小説などに関する資料を経年的に整理して「過去」を欲する集合意識のあり方をさぐり、歴史を継承する主体間における結束や分断を加速させる情動的な文化装置の動態をあぶり出します。 - A②:継承される過去
原爆文学を事例とし、過去がいかにして未来へ継承されるのかを解明していきます。原爆文学は、被爆者と非被爆者との間でどのように継承されるのでしょうか。被爆作家による原爆文学作品と、それを読解する非被爆者の批評との比較を通じて、当事者と非当事者とのあいだに生まれる分断に注目し、その分断を抱えた過去の継承形態を明らかにします。さらに、デュルケームの集合意識論とアルヴァックスの集合的記憶論を活用し、未来の世代における非当事者にも原爆体験が継承される可能性を示します。
=ジャンルB 現在と情動=
- B①:感情・労働・連帯
デュルケーム等を中心としたオーソドックスな社会学史と近年の感情社会学の接点を明確にしながら、感情・労働・連帯について研究を進めます。特に、E.イルーズの「感情資本主義」と「感情資本」「エモディティ」「ネガティブな関係」の概念を中心に、感情と社会について理論的・経験的に考察していきます。 - B②:社会的分断と情動
ヘイトスピーチ、社会的分断を煽る政治的言説を主たる対象に、新聞記事データベースも活用しながら言説レベルでの分析を行います。分断が煽られたとしても、分断の両側のそれぞれは結びつきが強化されるので、統合か対立かという二択ではなく、こうした言説では分断や対立を煽ると同時に「仲間」に向けての統合も意図されていることに留意しながら研究を進めていきます。
=ジャンルC 未来への情動=
- C①:活路としての音楽
格差や対立・分断など現代社会の抱える諸問題に対する〈活路〉としての音楽のもつ新たな可能性を明らかにすべく、近年興隆している音楽を活かした子どもの育成支援やまちづくりの取り組みに着目します。具体的には、音楽を活かした子どもの育成支援やまちづくりに関する取り組みの実践事例を取り上げ、その詳細な調査を実施し、地域・国を超えて醸成されるつながりの意識・社会的連帯の諸相を明らかにしていきます。 - C②:表象される未来
未来はいかなるものとして表象されてきたのでしょうか。過去に比して未来は、いまだないものとして、想像・空想・構築の産物である面が強いのですが、同時に未来は、過去と同じく個人が自由に創造できるものではなく、時代や社会に固有の視点に基づき想像がなされるという側面も有しています。このように複雑な存在である「未来」を、社会学的時間論を基礎に集合意識の問題として研究します。倫理学的・幸福論的志向をもつ「よき生の社会学」への射程をも含む、B. Adam and C. Groves, 2007, Future Matters・J. Urry, 2016, What is the Future ?・H. Rosa, 2016, Resonanz等の研究も入念に検討します。
メンバーによる主な研究
(本科研開始以前の関連実績)
共著
-
デュルケーム/デュルケーム学派研究会著、中島道男・岡崎宏樹・小川伸彦・山田陽子編『社会学の基本 デュルケームの論点』学文社,2021.(2022年10月3刷発行)
【執筆項目】
小川:アノミー
白鳥:道徳の三要素、教育、中間集団、デモクラシー
山田:人格崇拝と道徳的個人主義、ゴフマン:儀礼的相互行為
横山:アルヴァックス:集合的記憶
梅村:一種独特なもの、刑罰進化
川本:ハバーマス:コミュニケイション的行為
小川伸彦(過去表象論ほか)
- 「制度としての文化財:明治期における<国宝>の誕生と宗教・美術の問題」『ソシオロジ』35巻3号、1991年、109-129頁
- 「モノと記憶の保存」荻野昌弘編『文化遺産の社会学:ルーブル美術館から原爆ドームまで』新曜社、2002年、34-70頁
- 「存在と記憶:戦争による死はいかに表象されうるか」『日仏社会学会年報』15号、2005年、61-73頁
- 「文化遺産の三要素:日本の事例より」『日仏社会学会年報』22号、2012年、105-112頁
- 『社会学で読み解く文化遺産:新しい研究の視点とフィールド』(共著)新曜社、2020年ほか。
白鳥義彦(デュルケーム研究ほか)
- 「方法としての『社会』:E.デュルケム『社会学的方法の規準』」井上俊・伊藤公雄編『社会学ベーシックス別巻 社会学的思考』世界思想社、2011年、13-22頁
- 「機械的連帯から有機的連帯へ」友枝敏雄・浜日出夫・山田真茂留編『社会学の力:最重要概念・命題集』有斐閣、2017年、218-221頁
- 「社会の中の社会学者:デュルケーム国家論とその時代」『相関社会科学』第2号・第3号合併号、1992年、88-103頁
- 「第一次世界大戦におけるトライチュケ批判とデュルケームの国家論」『社会学評論』172号、1993年、436-450頁
- 「デュルケームと個人主義」『社会学史研究』30号、2008年、73-86頁ほか。
山田陽子(感情・情動の社会学、「死にたさ」の社会学)
- 『働く人のための感情資本論:パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックの社会学』青土社,2019年.
- 『「心」をめぐる知のグローバル化と自律的個人像:「心」の聖化とマネジメント』学文社, 2007年
- “Suicides in Worker Accident Insurance: Riskization and Medicalization of Suicide in Japan," in S. Cassilde &A. Gilson ed., Psychosocial Health, Work and Language: International Perspectives towards their Categorizations at Work, pp.157-72, Springer, 2017.
- Living with suicidal feelings: Japanese non-profit organizations for suicide prevention amid the COVID-19 pandemic, Japanese Journal of Sociology, 31(1),pp.42-55,2022.
- 「資本主義と感情―感情の消費、愛さないこと、『ネガティブな関係性』」『臨床心理学』増刊14号,82-89頁,2022年ほか。
横山寿世理(集合的記憶論ほか)
- 「モーリス・アルヴァックス『聖地における福音書の伝説地誌』序論」(共訳)、『聖学院大学論叢』第34巻第1号、2021年、147-159頁
- 「アルヴァックス集合的記憶論再考:想起・忘却・保存」『社会学史研究』第32号、2010年、75-89頁
- 「複数性と不確定性──時間に依拠する自我」関東社会学会『年報社会学論集』第20号、2007年、72-83頁、ほか。
梅村麦生(時間論・視覚論ほか)
- 「A. シュッツの同時性論」『社会学評論』67巻2号、2016年、166-181頁
- 「非同時的なものの同時性:社会学における非同時性の問題について」『社会学史研究』42号、2020年、91-109頁
- 「文化社会学の視覚論的転回と社会的世界の視覚的構築:画像と図像の議論から」『金城学院大学論集 社会科学編』14巻1号、2017年、67-83頁
- "Visual Images of Japanese Culture in Geography Textbooks in Italy (1912-2014)," Ca’ Foscari Japanese Studies, 5号、77-95頁ほか。
川本彩花(芸術論・音楽論ほか)
- 「芸術至上主義の社会学:ベートーヴェンにみる芸術性と商品性の関係」『フォーラム現代社会学』9号、2010年、101-112頁
- 「〈音楽の自律性〉の形成におけるメディアの役割:音楽雑誌のベートーヴェン批評を手がかりに」『ソシオロジ』56巻3号、2012年、87-102頁
- “The Reception of “Art for Art’s Sake” in Japan: Case Study of a Classical Music Festival Audience”, 18th International Sociological Association World Congress of Sociology, Yokohama, JAPAN, (July 2014)
- 「社会・地域と関わる音楽プロジェクトの動向と展開」第22回奈良女子大学社会学研究会、オンライン開催、2021年ほか。